リプロの自費刺激
卵巣刺激とは、排卵誘発剤などを用いて卵巣を活性化させ、1周期で得られる卵子の数を増やす治療法です。体外受精では卵子が多いほど、胚盤胞への到達率や選択肢が増え、結果として妊娠率や出産率の向上に寄与します。
当院では、保険診療では使用が制限される薬剤や刺激法も、自由度の高い自費診療だからこそ可能な形で導入しています。個々の卵巣機能やホルモン環境、これまでの治療歴に応じて、細やかな設計を行っています。
以下、代表的なアプローチをご紹介します。
遅延スタート法(Delayed Start Protocol)
月経が始まってすぐの時期に、超音波検査を行うと「今回の採卵はうまくいかないかもしれない」と思うことがあります。たとえば、
・卵胞数が明らかに少ない
・FSHが高く、卵巣刺激に対する反応が悪そう
・シスト(前周期の卵胞の残り)が残っている
といった場合です。通常であれば「今回は見送って次周期に期待しましょう」となるところですが、次の周期が必ずしも良いとは限りません。
また、時間的な余裕がない場合や「1周期も無駄にしたくない」と思う方にとって、"何もしないで1ヶ月を過ごす"ことは心理的にも負担となります。
そこで当院では、「遅延スタート法」という選択肢をご用意しています。これは、周期の最初にアンタゴニスト製剤(例:レルミナ、セトロタイド、ガニレスト)を数日間使用することで、卵巣刺激の開始を1週間ほど遅らせるという方法です。
この「待つ」という操作には医学的な根拠があります。時間をかけてFSHを抑えることで、卵巣が休まり、同時に新たな卵胞群(コホート)が準備されるため、最終的により多くの卵胞が育つ可能性が高まるのです。 また、ホルモンバランスも整うため、全体的な刺激効果が高まりやすくなります。
いわば「準備運動をしてから本番に臨む」ようなイメージです。毎回の周期を最大限に活かしたい場合の有力な選択肢となります。
ステロイド療法(低用量プレドニン)
「ステロイド」と聞くと、怖い副作用を思い浮かべる方も少なくありませんが、実際には私たちの身体にとって必要不可欠なホルモンの一種であり、長年にわたり様々な医療分野で安全に使われてきました。
卵巣刺激の領域でも、慎重に用いることで大きな効果が期待できる場面があります。
当院でステロイド(主にプレドニン)を使用するのは、以下のようなケースです
・抗セントロメア抗体が陽性で、異常受精(たとえば3PNや4PNといった受精卵)が繰り返される場合。これは免疫学的な背景が関与していると考えられ、ステロイドが免疫の暴走を抑える役割を果たします。
・FSHが高くなりやすい体質で、卵胞の発育にブレーキがかかってしまうような方。特にクロミフェンやレトロゾールといった内服刺激法との併用により、FSHの過剰な上昇を抑えつつ、必要な卵胞発育を促すことが可能です。
この治療法は決して新しいものではありません。実は40年以上も前から存在しているクラシックな手法です。低用量のステロイドを短期間のみ使用するため、副作用のリスクは極めて低く、多くの方に安心して受けていただけます。刺激の反応が不安定な方、過去に思うような結果が出なかった方には、ステロイド療法が卵巣の可能性を引き出す鍵になることもあります。
Low dose hCG療法(hCG微量投与によるLH補充)
卵胞の発育にはFSH(卵胞刺激ホルモン)とLH(黄体形成ホルモン)の2つが協調して働くことが必要です。
ところが、近年ではHMG製剤(FSHとLHの両方を含む注射薬)のうち、LHをより多く含む製剤の供給が停止しており、LHを適切に補う手段が限られてきています。
FSH単独製剤(ゴナール、レコベル、フォリスチムなど)は多くの種類がある一方で、LH単独製剤は日本ではまだ開発途上であり、十分な選択肢がありません。この状況下で有効な手段として注目されているのが、「Low dose hCG療法」です。
hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)は、FSHやLHと同様に下垂体由来ホルモンと似た作用を持ち、特にLHと非常に似た構造を持つため、体内では「LHの代わり」として働きます。
Low dose hCG療法では、このhCGを排卵誘発目的ではなく、あえて微量で卵胞の発育を支える目的で使用します。
具体的には、FSH製剤と併用しながらhCGを少量ずつ注射することで、
・卵胞の成長がスムーズになる・E2(エストラジオール)の立ち上がりが良くなる
・成熟卵子の割合が高まる・採卵数が増える傾向にある
といったメリットが期待されます。
また、加齢や卵巣機能低下によりLH分泌が低下している方、過去の刺激で反応が悪かった方において、特にこの療法が有効であることがわかっています。hCGはもともと体内でも妊娠初期に多く分泌されるホルモンであり、安全性が高いことも利点のひとつです。
FSH調整法(高FSH対策)
FSH(卵胞刺激ホルモン)は、その名のとおり卵胞を育てるうえで中心的な役割を果たすホルモンです。
しかし、FSHが高すぎると、かえって卵胞がうまく育たないというパラドックスな現象が起こることがあります。
このような現象は、いわゆる「過刺激反応(desensitization)」の一種であり、細胞が強すぎる刺激に対して防御反応を起こし、逆に無反応になってしまうことが原因です。
加えて、FSH高値は「卵巣の反応性が低下しているサイン」として解釈されることもあり、多くの施設では刺激周期そのものをキャンセルする選択が取られます。
しかし私たちは、「FSHが高い=今周期はやめておこう」という画一的な判断ではなく、 “その状態をどう調整するか”という積極的な視点で治療戦略を考えます。
FSH調整法とは、FSHが高値の状態でも卵胞が育つよう、あらかじめホルモン環境を整える方法です。
代表的な方法としては、プレマリン、エストラーナ、プロギノンデポーなどのエストロゲン製剤でFSHを下げつつ、状況が整ったら、卵巣刺激を開始する方法ですが、GnRHaアナログ(ブセレリンなどの点鼻薬)によりFSHを調節する方法、レルミナなどによるFSH抑制も広義のFSH調節法です。こうした方法にはノウハウが必要ですので、どこででもできる方法ではありませんが、当院ではこうした治療法を多くの方に提供しています。
かつては「FSHが40を超えると閉経」「FSHが100を超えたらもう無理」と言われていましたが、そんなことはありません。 実際にはそうした数値でも採卵に成功し、妊娠・出産に至った例も存在します。
ランダムスタート法(Random Start Protocol)
一般的な卵巣刺激のタイミングは「月経開始3日目頃から」とされています。
これは従来の医学的常識に基づいた考え方であり、卵胞は生理が始まってすぐの段階で発育を促すのが最も効率的であるとされていました。
しかし近年の研究により、卵胞は生理周期のどのタイミングからでも発育可能であることが分かってきました。
これに基づいて開発されたのが「ランダムスタート法」です。
ランダムスタート法では、生理開始を待たずに、卵胞があることが確認できれば、その時点から刺激を開始することができます。
たとえば月経中、排卵直後、あるいは黄体期であっても、卵胞があれば刺激が可能であり、採れる卵子の質にも周期タイミングの違いはないことが実証されています。
この治療法には以下のようなメリットがあります。
・治療のスタートを遅らせることなくすぐに始められる
・月経を待つ必要がないため、治療スケジュールが柔軟になる
・抗がん剤など緊急性の高い治療を控えた方に対応できる
・TESE(精巣精子採取術)と同日に採卵するスケジュール調整が可能
特に、時間的制約がある方、将来の妊娠に向けて卵子凍結を希望される方にとって、大きな味方となる方法です。
また、反復治療が必要な患者さまでは「前回の採卵からすぐ次に進みたい」と希望されることが多く、そういったケースでもこの手法が活躍します。
「生理が来ていないから採卵周期に入れない」「採卵はしたいが日程の調節が難しい」といった場合に頼りになるのがランダムスタート法です。
Luteal E2法(黄体期エストロゲン補充)
卵巣刺激を成功させるには、その周期だけでなく前周期のホルモン環境を整えておくことも非常に重要です。
Luteal E2法とは、前の周期の排卵後、つまり黄体期の段階からエストロゲン製剤(E2:プレマリン内服、エストラーナ貼付など)を補充し、次の採卵周期に備える方法です。
具体的には、以下のようなケースで活用されます。
・卵胞数が常に少ない、あるいは左右差が大きい
・前周期の卵胞が残ってシストになりやすい
・FSHが高く、卵胞が刺激に反応しづらい
黄体期にエストロゲンを補充することで、次周期のFSH上昇を抑え、複数の卵胞が発育しやすい状態を整えることが可能となります。この「次周期への布石」を打っておくことが、結果として採卵成績を安定させ、連続的な治療においても負担を軽減する要因になります。この手法は、「刺激周期に入る前から治療は始まっている」という考え方に基づいたアプローチです。
つまり、治療の成否はスタート時点で決まっているのではなく、スタート前の準備で大きく変わるということです。
月経の有無にかかわらず、エストロゲン補充でホルモン環境を整えるこの方法は、卵巣機能が低下してきた方、刺激に反応しづらい方、毎回採卵数が安定しない方などにとって、重要な選択肢のひとつとなります。
成長ホルモン療法(GH療法)
卵胞の成長には、一般的にFSH(卵胞刺激ホルモン)が最も重要な役割を担っていますが、実はそれだけではありません。
成長ホルモン(GH)もまた、卵巣内で卵胞が適切に育つために必要な「助け役」として働いていることが、近年の研究で明らかになってきました。
成長ホルモン療法とは、採卵周期中にヒト成長ホルモン製剤を注射で補うことで、卵胞発育や卵子の質を改善することを目的とした治療です。
もともとこのホルモンは体内で自然に分泌されているものですが、年齢とともにその分泌は徐々に減少します。
加齢や卵巣予備能の低下といった背景を持つ方では、成長ホルモンの補充により卵巣環境が改善する可能性があります。
成長ホルモンには、卵胞数の増加・卵子の質の向上・採卵できる成熟卵子の割合の上昇・受精率や胚盤胞到達率の改善といった効果が期待され、特に、過去に「空胞(卵胞が育っても中に卵子が入っていない状態)」や「未成熟卵」ばかりだった方、胚の分割が止まってしまう方、胚盤胞まで到達しないことが多い方などにとって、成長ホルモンの併用は新たな可能性を切り開く治療手段となる可能性があります。